太鼓ひとつで東大からインドに!? 海外で修行したミュージシャンの挑戦

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今回われわれRareJob English Lab編集部がお話を伺ったのは、東大に入ったものの巷でイメージされるようなエリート像とはほど遠い生活を送り、現在は人材企業に勤めながらパーカッショニストとしても活躍されている池宮ユンタさん。

音楽好きから端を発して世界に飛び出し、これまでにプライベート、ビジネス含め世界の色々な国で色々な国々の人とコミュニケーションを取りたくさんの経験をされてきました。

“Life is gamble”だと語るそんな池宮さんの、これまでの道のりと英語への挑戦、そこから得た学びに迫ってみたいと思います。

1.音楽と英語漬けの日々

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池宮さんは、英語は受験で使った程度で、もともと英語が特別得意な方ではなかったそうです。しかし東大に入学後は、留年を機に2週間インドに打楽器修行に行くなど、音楽をきっかけに世界へ飛び出し、様々なコミュニティーと英語で交流を持つようになりました。

● 交渉道具としての英語は不可欠だった

日本で実験音楽やフリージャズに触れ魅了された池宮さん。インドに旅した際には現地で出会った先生から、ジャンベやダブラという打楽器の演奏方法を教わりました。コミュニケーションはもちろん全て英語なので、これが池宮さんにとって、初めて海外に長期で行って、初めて英語でやり取りした経験でした。

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「楽器にのめり込んだので、どこにも移動せずに2週間毎日レッスンを受けましたね。先生と話をして、レッスンの後は毎日ビールをおごってくれて。彼は世襲が強いインドで医者の息子として生まれたんですけど、7歳の時に親元から離れて、タブラのプロになったんですよね。その彼が”Life is gamble”とよく言っていました。」

そのような敷かれたレールの上をあえて歩かない生き方が池宮さんとマッチしたのでしょうか。インドでは力車が言ったところに行ってくれないとか、力車が自分のなじみのホテルに勝手に連れて行って目的地に着けないなど、海外ならではのトラブルもたくさんあったそう。そういう中で、「英語で意見したり、議論したりする交渉道具としての英語は不可欠だった」と語る池宮さん。

そのような海外ならではの環境や先生との交流から、英語へ目覚めたそうです。
帰国後は、東京のあらゆる駅前や公園で太鼓を叩きながら、色んな人と出会い刺激をたくさん受け、英語を使って外国人との交流も深めていきました。そして、タップダンサーの知り合いをつてに、卒業旅行で2週間ニューヨークへと旅立ちます。さまざまなダンスクラスが集まっているスタジオやジャンベ演奏者に「日本から来た。ジャンベを演奏している。教えて欲しい」とアポを取り、演奏させてもらえるダンススタジオを探しました。

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「すごいカルチャーショックを受けましたね。街が大人で、人がコミュニケーションを拒んでないので、英語が下手だろうとなんだろうと、英語を喋るなら『会話しましょう』という風にオープンに感じたんですよね。それと同時に、彼らのコミュニケーションはドライなものでもありました。向こうには日本のようなおせっかい文化はありませんでしたから。」

● インド人がざわつくほどの完璧なインド英語をマスター

卒業旅行から戻った池宮さんは、3度の留年を経て、7 年間をかけて東大を卒業。卒業する直前の3月30日にようやくインドのIT企業から内定が下り、5月から研修のためにインドへと旅立ちます。この時なんと池宮さんは、これからIT企業で働くにも関わらず、パソコンを持たずに太鼓を持って日本を発ったそう。しかしこのおかげで、社内のアフリカ人との交流が生まれるなど、その後の生活に大きな影響を与えることとなります。

これが池宮さんにとって、プログラミングデビュー、また英語圏での生活デビューでした。入社後はいきなりみんなの前で英語でスピーチをさせられたり、10人のクラスに日本人が1人という環境で、オフィスでも現地語が飛び交ったりと、辛い経験もしたそう。
会社では英語でITを覚え、英語でメール、ディスカッションなどを行い、町に出ても英語でコミュニケーションを取る日々を送りました。もともと英語がある程度できたとは言え、それだけ英語に囲まれて、その環境から逃げ出したくはならなかったのでしょうか。

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「英語が下手とは言え、喋っていれば通じ合えてる人とは通じ合えてる感触があったんですよね。悔しくて泣いて仲間に相談したこともありましたけど。そこでの7ヶ月の勤務を終え、日本オフィスに戻った時には『とんでもないインドなまりの英語を話す日本人がいる』と社内のインド人がざわついたんですよね(笑)アクセントとか仕草とか完全にうつっちゃってたんですよ。」

しばらくして転職した会社では、約7カ国のチームをまとめるなど、さらに英語漬けの日々を送り、インドなまりの英語は徐々になくなっていったそうです。

2.きっかけ一つで大きく変わる

やはり元々、池宮さんは異文化の環境に飛び込んでいくのが性に合ってたということなのでしょうか。

「いや大学時代にインドに行ったみたいに、『きっかけ』がないと出来なかったと思います。インドの空港とか、ニューヨークだって最初はめちゃくちゃ怖かったですし。ここまで読んだ人には『向いてたんだろう』とか『才能があったんだろう』とか思われるかもしれないですけど、全然違います。きっかけです。」

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「あと、環境が持続しているのも強いんです。僕はお金をもらって英語喋ってますからね。毎日真剣に、英語使ってますし、これが通じないと仕事にならないですからね。キレイな英語ではないですけど、とにかく毎日、英語を書いて読んで喋れる環境にいたというのは強いです。何度も環境に飛び込んでいくことで、その度に入れない環境にも入れるようになったり、名前を覚えてもらえるし相手の名前も覚えられる。会話の間も分かってくる。それはあらゆるところで違いますね。だから環境に飛び込まなきゃいけない。あと最低限、あまり不愉快な言い方はしない。」

色んなコミュニティーに入り、色んな国の人たちとのコミュニケーションをとる中で、プレッシャーも多くたくさんの苦労があったに違いありません。そうした貴重な経験を通して、池宮さんは何を感じ、何を学んだのでしょうか。

「いま言ってることは語学だけじゃないですよね。共通前提がないということをある程度受け入れて、コミュニケーションを繰り広げるような姿勢が大切かなって。日本人は共通の話題がないとコミュニケーションをしなかったりする傾向が強いんです。でも広く付き合うとなると共通前提を確認し合ってからのコミュニケーションは無理なので。」

そのような共通前提を確認し合って喜ぶようなコミュニケーションはなるべく避けると言う池宮さん。「異文化コミュニケーション」と一言にいうのは簡単でも、「異文化」の存在を正しく認識することは容易いことではありません。そういう姿勢が、海外への挑戦につながり、海外経験の充実へとつながっていくのですね。

行ってみて、やってみて初めて分かる

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先日行われた池宮さん主宰のリズムワークショップに、われわれも参加させていただきました。

以前はエスニック楽器やエスニック音楽をどこか一緒くたにして考えている節がありましたが、楽器ひとつをとっても、リズムひとつをとっても、一つとして同じものはなく、音楽の中にも多様性があることを体感することができました。

日本には暗黙の了解や、空気を読むことを良しとする文化があります。一方で、日本を一歩出るとそれは通用しません。今回のインタビューとリズムワークショップを通じて、相手の文化を理解し、相手との違いを受け入れ、協調しようとする姿勢が必要なのだということを学ぶことができました。

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