今、難民が世界的に大きな問題になっている。そんな問題に実務的な分野で取り組むのがフォスター桂子さんだ。
フォスターさんが勤務するのは、オーストラリアの首都キャンベラにある国際移住機関(IOM)事務所。IOMは移住を扱う国際機関で、ジュネーブを本部に世界100か国以上に事務所を置く。
世界で増え続ける難民をどうするか。その解決の難しさは説明するまでもない。国家レベルでも意見が分かれるなか、フォスターさんも日々さまざまな問題にぶつかる。解決を図るため、各国政府や機関、さまざまな国の組織と交渉をすることも多い。
国際交渉の場で必要とされるのは、共通語となる英語のスキルだけではない。言語力と、それに加えて求められる交渉のスキルについてフォスターさんに聞く。
交渉は状況把握とバランス調整
Q:IOMのキャンベラ事務所ではどのような仕事をしていますか?
移民・難民の第三国定住、特にオーストラリアとニュージーランドへの定住にかかわるコーディネーション業務を担当しています。難民認定を受け、受け入れ国が決定した人は、健康診断やさまざまな出国前手続きを経て入国となります。受け入れ国となるオーストラリアやニュージーランドの政府、国外の事務所などとやりとりをしながら、そのプロセスを進める仕事です。
Q:仕事のなかで、各国機関との交渉にかかわることが多いかと思います。具体的にはどのような交渉がありますか?
仕事のなかではさまざまなレベルの交渉にかかわります。政府とのハイレベル交渉の準備をサポートすることもありますし、実務レベルの直接交渉をすることもあります。
たとえば最近では、ニュージーランド政府との了解覚書改訂の交渉のサポートをしました。これまでのプロジェクトの経緯をさらい、情報を提供し、ポイントを指摘して、こちらの要求をアピールしつつ改訂同意に持っていく、という作業です。
実はこういった文書の作成は、日本人の細かい性格が有利に働くところです。何が良い点で、何が問題だったのか、どういうチャンスがあって、どのようなリスクがあるのか、といったことを徹底的に細かく調べて書き出します。
「SWOT分析」という有名な経営戦略の策定方法がありますが、要するにStrengths(強み)、Weaknesses(弱み)、Opportunities(チャンス)、Threats(脅威)という観点からポイントを洗い出すのです。このように、自分の置かれた立場と状況を理解することが、交渉の第一段階になります。
またもう少し実務的な交渉もあります。たとえば、難民が第三国に移住する際、事前に定められた難民受け入れ期間内に入国が不可能な場合があります。こういう状況になると、特定の日に入国をさせたい政府との交渉になります。こちらの要求がまるで通らない場合もありますし、また押したら何とかなる場合もあります。
私たちの立場としては、最も重要なのは難民の福利です。そのプライオリティーを政府の意向とどうバランスをとるか、というのが交渉のポイントになります。
相手を知る
Q:フォスターさんの交渉相手は、さまざまな文化背景を持つ人々です。共通語である英語のスキルが必要なのはもちろんですが、それ以上のテクニックが求められるのではないでしょうか。
国際的な交渉で重要なことは、カルチュラル・アウェアネス(異文化に対する認識)を持つことです。交渉をする際、直球でぶつかっていった方がいい文化もあれば、相手のプライドを傷つけないよう慎重に対応した方がいい文化もあるからです。
欧米文化ではぶつかっていった方がいいというのはよく言われることですが、実は世界のほとんどの文化ではそうではありません。欧米以外の国々との交渉では、直球よりも相手のプライドを尊重するやり方の方がいいことが多々あるのです。
このことは英語の話し方に関しても言えることです。たとえば、語尾を上げるような話し方をすると、相手が見下されたように感じることがあります。また、相手が英語を母国語としないからといってゆっくり話すと、かえって相手のプライドを傷つけることもあります。国や文化によって差異はありますが、特にその傾向が強い文化というのは確かにあります。
一方で、私は欧米人に話すときはむしろゆっくりと話します。私は英語のネイティブではありませんし、もともと早口です。ですから、相手にメッセージをきちんと伝えるために、わかりやすく話すように心がけています。
Q:相手によって交渉の方法も変わってくるということですね。まずは相手を知ることからですか?
そうですね。交渉で意外と大切なことは、相手の言うことをよく聞くことです。相手の言い分をかみくだき、理解し、そこから何ができるか、どこまで譲れるのかを考えます。相手がわからなければ、こちらの主張を上手くアピールすることもできませんから。
また交渉においてはこちらが譲れない線というものがありますが、それを主張しすぎても、かえって相手に蓋を閉じられてしまうことがあります。そういった意味でも、どこまで押してもいい相手なのかを見極める必要があります。
相手を見極める機会を作ることも大切です。たとえば、アイスブレイク(緊張をほぐすきっかけ)を利用すること。本題に入る前に、世間話などのたわいもない話題から入ります。それが打ち解ける機会になるだけでなく、相手の顔色をうかがい、相手を見極めるチャンスにもなります。
見えない相手だからこそ
Q:交渉といっても、顔を揃えた会議だけが交渉の場ではありません。たとえばメールのやりとりでは、顔の見えない相手を見極めるのは難しいかと思います。
私はオーストラリア国外にいる人と仕事をすることが多いので、実際はメールのやりとりが多くなります。スカイプや電話で話し合うこともありますが、時差を考えるとやはりメールが便利です。
けれどもメールでは相手の顔色がうかがえないので、誤解を招くこともあります。ですから、なるべくフェイス・トゥ・フェイスの状況を作ったり、電話で話をしたりして、コミュニケーションツールのバランスをとることが大切です。これが、相手と上手くコミュニケーションをとるためのひとつのコツではないかと思います。
Q:それでもメールで実務レベルの交渉をしたり、お互いの妥協点や解決策を探ったりすることは避けられません。メールで交渉をする際のコツはありますか?
まずは感情的にならないことです。ですからメールの即返信はしない方がいいです。緊急な対応が求められる事務的なメールには即返信をしますが、特にこちらに対してクレームがあったりする場合は少し時間をおきます。まずは一呼吸おいて、状況をかみくだいて消化してから返信することで、感情的になるのを避けます。
また、交渉のやりとりをしているときにすぐに返信をすると、相手に軽んじられることがあります。頼めば何でもしてくれる人だと思われては、こちらに有利な交渉はできません。恋愛ではありませんが、相手を少し待たせて焦らすことで平等な立場に立てることもあるのです。もちろん待たせすぎてもいけないわけで、そこはバランスの問題になります。
日本人の英語交渉
Q:特に日本人が英語で交渉をするときに気をつけた方がいいことはありますか?
まずは、わかったふりをしないことです。相手の言っていることがきちんと理解できなければ、恥ずかしがらずにもう一度聞きなおします。それをせずにあいまいなままにしていると、後で大きな誤解を招くことになるからです。
またこちらが話すときも、あいまいな表現はしません。交渉のなかで、こちらの主張を婉曲に変化球で投げかけなくてはいけない場合であっても、言葉の表現自体はクリアにわかりやすくします。日本語では話しながら文章をどんどん長くしていくことができますが、英語ではそれは好まれません。簡潔でわかりやすいのが一番です。
変に難しい言葉を使う必要もありません。自分でもよくわからないような難解な言葉を使っても、コミュニケーションがわかりにくくなるだけです。キープ・イット・シンプルです。
Q:国際交渉のコツをうかがいましたが、フォスターさん自身はどのようにそれを学んだのですか?
主に経験からです。「70:20:10の法則」というのがあります。仕事で成長していくなかで、7割は実務や経験から、2割は同僚などからの助言、1割は研修や講習から学ぶという法則です。実務を通して学ぶ割合が圧倒的に大きいのです。
特に海外では誰も仕事を教えてはくれません。ですから自分で学ぶしかありません。そのためには何事にも積極的にかかわっていく必要があります。私自身、自分が行くはずではなかった交渉会議に、頼み込んで行かせてもらったこともあります。首を突っ込まなくてもいいことにまで突っ込んでいくのも、ひとつの学習方法です。
取材・執筆:クレイトン川崎舎裕子 (Hiroko Kawasakiya Clayton)
編集:岡徳之
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