人に支えられ手に入れた刺激的なNYライフ  音楽家 宮嶋みぎわさん(前編) 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
0-top

宮嶋みぎわさん。ニューヨークで活躍する音楽家です。名門The Vanguard Jazz Orchestra(以下VJO)の副プロデューサーとして、なんと音楽の最高峰グラミー賞に過去2度ノミネートされています。しかし、彼女の最初の仕事は、企業に勤める会社員でした。その後会社を辞め、ニューヨークで音楽家として生きる道を選択します。英語、文化、収入……、目の前に立ちはだかるさまざまな壁を乗り越え、今、みぎわさんはニューヨークでたくさんの人に支えられながら、音楽家としての道を歩んでいます。

実は、宮嶋みぎわさんは、VJOに所属する前の2年間、ほとんど休むことなくレアジョブ英会話のレッスンを受けていたそうです。その話を耳にしたレアジョブ会長の加藤智久が、ニューヨークの宮嶋みぎわさんを訪ねました。前編では、みぎわさんとジャズとの出合い、想いを、後編では英語が話せるようになったことで広がった世界を中心にお話を伺います。

親友が勝手に決めたジャズの道がライフワークに

Q. ニューヨークではどんなお仕事を?

ジャズ・ピアニスト、作曲家、プロデューサー、音楽教師などをしています。また音楽と国際交流に関連するあらゆることを手がけています。昨年は、日本の音楽大学のジャズコースを対象としたニューヨーク研修をプロデュースしたんですよ。先生と学生たちの希望を聞きながら、本場レベルの勉強ができるように、安全に研修できるようにサポートしました。また、アメリカでしか出版されていない素晴らしいジャズの教則本を翻訳したり、こちらで活躍する音楽家の本をプロデュースする仕事にも関わっています。

Q. ジャズとの出会いは、強引な親友のお陰と聞きましたが(笑)?

ピアノは3歳から始めたのですが、進路を考えたときに、音楽の勉強だけに専念することに何となく抵抗があって、結局、上智大学文学部教育学科に進学しました。音大に行くのを辞めたこともあって、一時期ピアノも弾かなくなって……。すると、風邪を引きやすくなったり、疲れてすぐ寝込むようになったり、身体に影響が出ちゃったんです。それを見た親友が、「みぎわの身体の具合が悪いのは、音楽から逃げているからだ!」「クラシックで挫折したのなら、ジャズをやってみればいい!」と言って、私を半ば強引にジャズサークルへ入部させたんです(笑)。そのサークルが、まさに今、私がライフワークにしているジャズオーケストラ、いわゆるビッグバンドだったんですよ。

Q. みぎわさんとジャズの奇跡的な出合いの瞬間ですね。ジャズのピアニスト・作曲家ってどんなお仕事なんでしょう?

わかりにくいですよね。私は今、ジャズ・ピアノを弾くことと、ジャズオーケストラの作曲の2つの仕事をメインでしているのですが、それぞれ違う側面があって面白いのです。ジャズピアノ演奏では、アドリブ・ソロを取ることがあります。ソロの部分は、楽譜に音符が書かれていなくて、提示された和音に添って演奏します。つまり演奏者の音楽力や感性に委ねられる部分が大きいのです。楽譜に忠実に演奏するのが基本のクラシックとは大きな違いですね。ソロではスポットライトを浴びますが、別の楽器を引き立てるためのサポートに回る場合もあります。これには、音楽的なコミュニケーション能力や他の楽器との調和力が必要になります。作曲家としての私の役割は、ソリストの性格やプレイスタイルと自分のメッセージを組み合わせながら、両方をフィーチャーできるようにランウェイを作ることです。

憧れのスターがみぎわさんを発見!

Q. なんでもずっと大好きだった大スターと今一緒にお仕事をされているとか

はい、50年の歴史を持つジャズバンドVJOと、作曲の師匠、ジム・マクニーリーさんがその代表例ですね。

2004年に、勤めていたリクルートを辞めてからは、1年に1度、音楽の勉強をするためにニューヨークに通っていました。ある時、大きな失敗をしてしまい、スケジュールにぽっかり穴が開き、物凄く落ち込んでしまって。そんなとき、ある友人が「みぎわさんの好きなVJOが1週間毎日演奏している週があるから行ってきたら?」と声をかけてくれて、思い切ってニューヨークに一人旅しました。2008年2月のことです。

2月の寒いニューヨークで、ドアがオープンする1時間前から並んで、最前列に陣取りました。それも1週間毎日! 五線譜を持って1番前の席に座って涙を目にためて、「やっぱりこれだ」と思いながら、彼らの演奏を聞いていました。さすがに、私の一見悲壮にも見える様子に彼らのほうが気付いたんでしょうね。「アジア人の変な女の子が毎日来ているよ。きっとミュージシャンに違いないよ」って(笑)。

1-1VJO

大ファンだったVJOが今は仕事仲間に。2014年発売のCD 「OverTime – Music of Bob Brookmeyer」(グラミー賞ノミネート作品)収録後。

Q. みぎわさんが彼らの目に留まった!

“Are you from Korea, China or Japan?” など、メンバーのひとりがいろいろなことを聞いてきたんです。“Japan”と答えた後は、まるでYes・Noクイズみたいでしたよ(笑)。一応、上智大学にいましたから、受験英語はやってきていましたけれど、きちんと会話をすることはできませんでした。それでも片言ながらに、「私も日本でビッグバンドジャズやジャズピアノをやっている。もっと勉強したくてこうしてひとりでニューヨークにやって来た。観光なんてしない。ただあなた達から勉強したいんだ。」と英語で話したんです。

そうしたら、その人が「おもしろい子がいるよー!みんなおいでー!」と、他のメンバーに声をかけてくれて。「この子は日本に自分のバンドを持っているんだって」「音楽大学に行っていないのに、30曲も書いているらしいよ」と私の代わりに説明をしてくれて。それがきっかけで楽屋にも入れてくれるようになり、1週間が終わるころにはすっかり彼らと仲良しになっていました。

人の心を開くのはパッション。その先は自分次第

Q. 文法や単語力よりも大事なことがあると感じておられるそうですが

はい。このときに、パッションを持っていることの大切さを思い知りました。文法が正しいことや、単語を知っていることが一番大事なことではない!と。心の中に強い思いがあって、分かり合いたい!伝えたい!と情熱を込めてコミュニケーションを取れば、相手は理解しようと最大限の努力をしてくれます。その結果、片言でも心が通じ合う、ということが起こります。ただ、そこから先に行けるかどうかは自分次第です。もっと深く分かり合うには、英語というツールを上手に使えるよう自分をトレーニングしなきゃいけないですから。大変です。手間も時間もお金もかかります。でも、心の中に情熱があり、やりたいことがある方に知ってほしいのは「そのツールさえ使えるようになれば、世界中の人と仲良くなれたり、感動をシェアし合ったり、笑い合ったり、心と心を通じ合える経験ができるんだよ!」ということです。サボってしまって、できないままの自分でいたら、自分の可能性は伸ばせません。私はこれは本当にもったいないと思うんですよね。

1-2workshop

みぎわさんプロデュースのVJO・ジャズ・ワークショップ。NYのリアルなジャズを学べる貴重な機会を毎年提供しており、10代から60代まで幅広い層が参加する。

Q. VJOは世界的に有名と聞きました。一緒に仕事をしたいライバルがたくさんいるなかで、どうしてみぎわさんが選ばれたのでしょう?

売り込んだわけではないんですよ。自然発生的に、彼らとの仕事が始まりまして。実は彼らと仲良くなって、いろいろな話をしていくうちに、実は彼らが日本ツアーに興味をもっていることが分かったのです。私は当時から、リクルート時代のプレゼンテーション経験を生かしてジャズを教える仕事をたくさんしていましたが、日本のジャズ教育は当時まだまだでして。勉強したい人はたくさんいるのに、良い勉強の方法がない。需要と供給のアンバランスを日々目の当たりにしていました。

そんな中アメリカに来て、自分のヒーローたちとしゃべってみたら、彼らが日本ツアーに興味があるというわけです。しかもVJOは、ジャズの教育を通じて世界の友好活動に貢献することを目的にしたNPO法人としての顔も持つと知りました。そんなジャズ・バンド、他にないんですよ。

私は、必ず「彼らを日本に連れて行こう」「日本ツアーをやろう」と決意しました。そして、今の日本にはないジャズを勉強する仕組みを必ず彼らと共に作ろうとも。目標を持ち、英語の練習・勉強を毎日続けました。レアジョブ英会話を始め、1年半で英語が話せるように。結果、通訳を介して続けていた打合せが「通訳必要なし」になり、仕事が進むスピードは1.5〜2倍になりました。

レアジョブ英会話をはじめてから1年半経った2009年に初めて彼らの日本ツアーを実現し、2016年現在まで毎年日本ツアーを続けています。ボランティアとしてサポートした初ツアーが大成功した翌月、正式に肩書を付与したいと申し出がありVJOの一員になりました。翌2010年から毎年、彼らと共にジャズを学べるワークショップも実施しています。彼らとジャズを学んだ方の数はのべ1200人を越え、コンサートを訪れた方の数はのべ1万4000人を越えました。本当にこれが実現できてよかったです。

英語を使って泣いたり笑ったりした時「通じた」と思う

Q. 思い出に残る英語での会話はありますか?

はい、私の作曲の師匠ジム・マクニーリーと引きあわせてくれたドラマー、ジョン・ライリーとの会話です。ジムは世界的なスターで、初めてビッグバンドのサークルに入ったときから、彼の音楽を聞いていました。ちょっと普通では考えられないようなフレーズを使う人なのですけど、そこもまたかっこいいんです。

そんなジム先生の弟子になり、今ではアシスタントもしている位親しくなるきっかけをくれたのは、VJOのドラマー、ジョン・ライリーなんです。ジム先生は実はVJOの専属作曲家でもありVJOのメンバーとはもう30年来の付き合いがあります。私がVJOを日本に連れて行くと決意してNYに通い詰めたことで、VJOのドラマー、ジョン・ライリーが私の頑張りを知ることになり、彼が「ジム、僕のためにこの子にレッスンをしてあげてくれないか。僕のためにね。」って私の目の前で頼みこんでくれたんです。私は彼らと知り合う前から何度もNYを訪れては直接ジムに「レッスンをしてほしい」と頼んでいましたが、「忙しくて生徒を増やせないんだ。ごめんね。」と断られてばかりで…それが4-5回も続いた後だったので、本当にびっくりしましたし、ジョンに感謝して何度も泣きました。

今ではジムは、正真正銘、私の師匠です。アメリカには、メンターという言葉がありますが正にそれ。音楽の師匠であると同時に人生の師匠であり、目標です。奥様にもかわいがっていただき、お家に泊めていただいたり、奥様と三人で公園を散歩したりといったお付き合いをさせていただいています。

Q. なんだかみぎわさんの人生の要所要所に、「人」との出会いがあるようですね。

はい、先日もジャズ&クラシック&ポップスとジャンルをまたいで活躍するピアニストで作曲家・プロデューサーのビリー・チャイルズさんのレコーディングを手伝うことができたんです。ジャズ界では誰もが知っている成功者で、私も10年以上前から大ファンなのですが、私にとっては出会うことすら難しい相手。ところが、VJOとの出会いから世界的サックス奏者スティーブ・ウィルソンさんと出会い、彼と一緒にお仕事させていただけるように。妹のように良くしていただくようになったある日、スティーブさんがビリーさんと一緒にレコーディングする予定なのに気づいて…ご縁を感じる偶然が重なって、結局ふと気づいたら10年来の大スターの録音現場に腰掛けている自分がいて。夢かと思いましたよ!本当に勉強になる経験でした。これらの出会いやお仕事…すべて英語を勉強しなかったら体験できていなかったのかと思うと、頑張った自分を褒めたいです(笑)

1-3Billy

10年以上大ファンのビリー・チャイルズさんレコーディングにアシスタントとしてまさかの参加。みぎわさんの左がビリーさん。

振り返ってみると、私がチャンスに出合うときって、いつも友人の助言があったんです。上智でビッグバンドに入ったときも、ニューヨークに「ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ」を聞きにきたときも。信頼できる人が、自分とは違った視点でアドバイスをしてくれました。自分で物事を真剣に考えることは大変重要ですが、ピンチの時は、心から信頼する人の助言を、何も考えずにまるまま受け入れることも、重要なのだと感じています。

師匠のジム・マクニーリーにも、素敵な言葉をもらっているんですよ。
“We are standing at the corners. You can make a lot of mistakes because we are standing here.”
「失敗を怖がらず、たくさん失敗して大丈夫。僕たちは人生の岐路に立って待ってる。みぎわがここへ到達したら、アドバイスをするから。」って。

ジムだけでなく、周囲の人たちにいつも助けてもらっています。価値観、生活習慣、文化や行事、言葉の使い方。たくさんの違いがありながら私がこうやって失敗をしながらもなんとかニューヨークで暮らしていられるのは、彼らのお陰だと思っています。

インタビュー後編:英語を手段にして可能性を無限大に 音楽家 宮嶋みぎわさん(後編)

メールマガジンで新着記事や、あなたの英語学習をサポートする情報をお届けします。

購読する

レアジョブ英会話はこちら レアジョブ英会話はこちら